2019年 1月 の投稿一覧

アヴィニョンのホテルで宿代を二重請求された件

今どき、アヴィニョンのホテルで宿代を二重請求!された件

ホテル代を安くあげようと思ったらどうしたってキャンセル不可で、その場での前払いを選びますよね。これは直営サイトでもブッキングドットコムや、ホテルズドットコムでも同様です。で、すでに払込が終わっていて、チェックインできちんと確認できているのに、チェックアウトの際にもう一度、払え、という事件がアヴィニョン滞在中にありました。

ホテルの名前はイビス・アヴィニョン・サントル・ガール。

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サントル・ガールというのは中央駅の意味です。

公式サイトの写真を上に貼りました。なんか、若者向けの安いホテルかな?とちょっと嫌な予感はしましたが、安ホテルだから宿泊費を二重請求されてよいということはありません。ちなみに、このイビスというのは日本でいうと、東横イン的な位置づけでしょうか?実際の客室は東横インよりは良いでのす。とくに食事は充実、というか、外食がバカバカしいときはホテルで簡単に朝も夜もとることができます。

ということで今回(2018年)の旅行でもパリとカルカッソンヌを覗いて大活躍してくれたホテルなのですが、アヴィニョンのイビス・ホテルでは、チェックアウトの際に、「もう一度、払え」と言われました。理由を聞いてもはっきりしないんですね。おそらく担当者が画面の見方がわからないんでしょう。そんなバカな!って思います?いえいえ、フランスを今回旅行して気づきました。若者の徹底したプロ意識の欠如です。何かきいても全部、その場でネットで検索。「馬鹿か!グーグルで検索してわかることならきかねええよ!」

フランスのホテル、従業員に若者が目立ちます。おそらく、殆どがパートタイムなのでしょう。予約システムが高度化しているため、だれでもできる仕事ですからね。フランスは若い人が多く、町はユーロ圏中からの観光客で賑わっていまが、フランス人の若者の実態は日本とかわりませんね。

話を戻します。「上司に替われ!」と文句を言っても「他にもだれもいない。払ってくれ!」の一点張り。非正規なのかな。そういう感じの人、そこらじゅうにいます。プロ意識がまったく感じられない人。客の方を見ていない人。

ホテルズドットコムは迅速に対応してくれました。じゃあ、ホテルズドットコムが最高かと言えば、全然そんなことはないです。パリのホテルではひどい目にあいました。ですが、アヴィニョンで宿泊費を騙し取られるようなことはありませんでした。まあ、ホテルズドットコムは、はっきりいって、そこらのホテルの公式サイトよりはるかに役に立ちます。イビスはアコーホテル系列ですが、もし、公式サイトで予約して同じ問題がおきても、せいぜいが、「直接問い合わせてくれ」、の責任逃れしかないでしょう。海外企業が日本で展開していても、日本は別のホテル会社と提携しているだけなんてケース、腐るほどあります。公式サイトは参照程度にとどめておいた方が無難です。少なくともホテルズドットコムはまともに対応してくれるということが確認できました。

くどいようですがフランスはグローバル化を急ぎすぎ、観光業も急速にグローバル化し、どこにいっても同じお土産。レストランのメニューもすっかり同じようなものが出されるようになりました。昔とはすっかり様変わりしました。だからといって、過去の歴史が書き換わるわけでもなく、素晴らしい場所もたくさん残っています。

行く前に自分で調べましょう。地球の歩き方を盲信するのはバカです。現地の人に期待するのも当たり外れが大きすぎます。いまは公式サイトやいろんな人のブログがあります。情報収集もまた楽しいものですよね。

ということでに予約サイトは便利です。

ムスティエール・サント・マリー~グレウー・レ・バン~ロキシタン工場見学~サン=サトゥルマン=レ=アプト~ルシヨン~アヴィニョンへ

ムスティエール・サント・マリーム~グレウー・レ・バン~ロキシタン工場見学~サン=サトゥルマン=レ=アプト~ルシヨン~アヴィニョンへ

 ムスティエール・サント・マリー

大自然の中、ぽっとできてたムスティエール・サント・マリー。駐車場にはたくさんの車が止まっています。観光客の一休みというのもあるのでしょうけれど、ここは陶器の町でもあります。地域の雇用を創出しているのかもしれません。ここの陶器は白地に気球のイラストが書きつけられていることが特徴です。マリー・アントワネットがこのんだことで有名です。お土産用にといっても、すべてがお土産かも?とか思いながら、フランスの他の地域ではめにすることはありませんので、いくつか買いました。基本、どれも同じデザインです。私は茶道を学んでいるのですが、お茶碗にも最適です。まあ、日本のそれにくらべると趣もなにもあったものではありませんが…。

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ムスティエール・サント・マリーは岩山の中腹にあります。このあたりではめだちますし、防衛にも適した場所を上手に選んで町が作られています。そのため町からは町の前をとおる街道を見渡すことができます。

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町というか村の中心の広場です。
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不思議な場所にムスティエール・サント・マリーはあります。

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5月だったので、一面、菜の花畑です。
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引き続き悪路をすすむとこんなお城がひょっこり出てきます。おそらく個人の住居だとおもいます。すてきですよね。

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グレウー・レ・バン

さて、さらにすすむとグレウー・レ・バンにでます。結構、大きな町です。そして町をみおろす丘には立派な城があります。このお城、テンプル騎士団の所有する城だったそうです。以上(笑)。この地域の歴史や観光のランドマークに対する説明はだいたいこんな感じでシンプルなのです。このお城も旧市街を突き抜けていったところにあるので目指します。そして下の写真の裏側に到達するのですが…驚愕なことに、このお城、壁だけなんです。裏はなにもない広場のようなスペースです。これには驚きました。ここはここで趣のある町ですが…結局、このあとのロキシタンの工場見学、ここ、グレウー・レ・バンの観光局で申し込む必要がありました。さっさと申し込みロキシタンに向かえばよかったのですが…

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地名に「○○・レ・バン」とつくと、ざっくり言えば温泉がでる保養地であることが多いです。ただし、フランスの温泉は保養施設で医師の診断書が必要なところがほとんどです。ここもそういった医療施設です。日帰り入浴できるとおもってきたのですが、だめでした。

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建物はきれいです。

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ロキシタン工場見学

ロキシタンの工場見学にきました。がファクトリー・ヴィジットの時間には間に合わず、直売所によるだけとなってしまいました。

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USINE(ウジーヌ)は工場という意味です。

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この工場で作られた製品を直売していますと書いてあります。

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サン=サトゥルマン=レ=アプト

このあとはサン=サトゥルマン=レ=アプトへとむかいます。もう、夕方です。そして、ここにも城跡があります。

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サン=サトゥルマン=レ=アプトの城跡からの眺望です。

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順番が前後しますが、駐車場から城跡への城下町です。
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城跡に唯一のこる礼拝堂です。

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ルシヨン

このあとはルシヨンです。時間が時間なので、村にはひっそりしています。営業時間後のテーマパークのような雰囲気です。夕方、人がいない状態でした。プロヴァンス観光の訪ねたい村に必ずはいっているこのルシヨンでも元妻にとっては、何しにきたんだっけ?とおもわれたかもしれませんね。一緒に行く人との知識レベルのすり合わせは重要です。

 

この村は顔料が取れます。たてものの壁土に顔料が含まれとても美しいことで有名です。

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アヴィニョン

アヴィニョンにつきました。写真は翌日の明るいときのもの。実際はもう、かなり暗くなってから着きました。

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上の写真のパブで夕食です。価格も同種のものを日本でたのむのとそれほど変わりません。疲れているときはワインよりもビールの方がアルコール軽めでいいですね。ちなみにこのお店、学生時代にはじめてきたときも、それから、2009年も、そして、2018年にきたときも変わらず営業しています。飲食って場所ですよね~。2018年が一番賑わっているように感じました。

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アヴィニョンの城壁の外にある非常に快適なホテルにとまりました。

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このページのルートです。

バール=シュル=ルー(le bar sur la loup)のホテルをチェックアウトして、結構な長距離をいろんなところにちょいちょい寄りながらベストルートをとれたんじゃないかなと思います。途中に二泊したら、最高だったかも。もう一度いくならこんなルートにしたい、というのを別にページ作ってまとめてみたいと思います。興味ある方はごらんになってみてくださいね。

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ニース、プロヴァンス鉄道、アントルヴォー

ニース、プロヴァンス鉄道で行くアントルヴォー

2009年のフランス旅行の記録です。

最初にニースに入り、そこからレンタカーでグラース、ナポレオン街道、ゴルドン渓谷、プロヴァンス、そして、パリへと抜けました。当時は大冒険でした。今、行こうと思っても、諸事情で難しいだろうなあと思ったりもします。ですが、せっかくの記録。このときは楽しい思いもそうでない思いもたくさんしたのですが、少しでも記録に残せたら、と思い当時のことを思い出しながら書いています。

 

何しろ10年前の記録。カテゴリーの2009年とあったらあまり期待しないで、参考程度、くらいで温かい目でみていただけたらとおもいます。

 

初日はニースにチェックインし、その後、プロヴァンス鉄道に乗りました。

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プロヴァンス鉄道はニース↔ディーニュ・レ・バン間を結ぶ鉄道です。

途中、山間の谷間を通るのですが、ところどころとっても美しかったりします。

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 ほとんどバスですね。f:id:TACOYAKI:20190106051454j:plain

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ニース市内を抜けるとコート・ダジュールと呼ばれる地域、海につながる河川の断崖上につくられた村々の間を通り抜けます。昔はそれだけ、異教徒の海賊やら、ノルマン人やら侵入者がたくさんいたのでしょうね。このあとみることになりますが、このあたりの村落の作りはとても他者を警戒するような作りになっています。

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そして、この日の目的地アントルヴォーにつきました。

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ここ、アントルヴォーには、五稜郭でも有名な築城術の大家、ヴォーヴァンの設計による要塞があります。私が幼い頃、函館の五稜郭はオランダの築城術に従って作られたと習いました。現在はフランスの~になおされているはずですが、あの、星型の都市をまもる要塞を築城術として完成させたのがフランスのヴォーバンです。アンバリッドにも祀られています。五稜郭の話ですが、ただしくはオランダ語に訳されたフランスもヴォーバンによる築城術に基づいてつくられたということになります。

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駅をでるとすぐ、アントルヴォーの美しい光景が目の前にひろがります。

山の頂上の砦にむかう道に白い点が見えます。これは通路を頂上へ向かって進ませないためのゲートです。

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ちなみに駅前はこんな素敵なバーというかカフェがあります。

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そして、このゲートを超えてアントルヴォーに入っていきます。

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こんな狭い道を攻め登っていかなければなりません。そして、ところどころにゲートというか、壁があります。もう、鉄壁の守りですよね。

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さすがにニース近郊です。麓の村々にどことなく豊かさを感じます。

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いよいよ頂上ですね。

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てっぺんです。なんのことはない見張り小屋です。

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霧が晴れてきました。なかなか不思議な光景ですよね。

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この谷間をフランスの敵国の軍勢に入られないようにこの要塞を作ったのだと思います。

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ですが、ちょっと思いました。もし、私でもあなたでもこの道を通って、フランス領に侵入しようと思ったとします。ここに砦がありました。でも、多くの歩兵や騎兵を保有しているとはおもえない規模ですよね。しかも、大砲を据え付けるだけの平地もなさそう。

無理して落城させる必要があるのかな?そのままスルーしても何の問題もないのでは?

 じつはアントルヴォー、昔かよっていたフランス語の学校のクラスの壁に大きな立派なポスターが貼ってあったんですね。で、一度は来てみたいとおもったのでした。しかもヴォーバンの設計です。で、城にのぼっておもったのですが…城に登ったら城のきれいな写真は撮れないんですね。登るべきは絶景ポイントなんです。これはショックでした。なにしろすごい霧の中、あの上り道をのぼっていったのですから。

 

ただ、写真に興味のある人、ニースに来たけど、中世フランスの味わいも体験したいという人、泊まる必要はありません。事前にしっかり絶景ポイントを調べて来れば、かなり良い写真取れると思います。何しろ、私、いままでいろいろなフランスのお城をたずねてきましたが、このタイプは別格です。もはやRPGの世界のようなお城です。昔のFFにでてきそうな。被写体としても、このあたりの風景としても、おすすめです。

 

このページのルートです。

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実際はプロヴァンス鉄道だけで行ってます。あくまでイメージとして、ね。

パリを満喫

パリに来ました。

前回の続きです。シテ島内のホテルにチェックインしました。

もう何度も来ていますが、パリには他の国にはない独特の魅力があります。

凱旋門

絶対に、何がなんでも来てほしいのが凱旋門ルーブルやオルセーよりも間違いなく外さないと思います。美術品は好き嫌いありますし、並びます。エッフェル塔は常にテロのリスクがあります。

 

しかし凱旋門は…この眺め!しかも…中に入るとひたすら長い階段を登り続けます。火災になれば大変ですが、とにかく人が一箇所にあつまらないため、テロの効率が悪すぎます。建物の破壊すら用意ではありませんん。なので、個人的にテロのターゲットにはなりにくいと思っています。

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この道、マルソー大通りをまっすぐ進むと

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アルマ橋にでます。美しいですよね。エッフェル塔

ケ・ブランリー美術館

その後、向かうはエッフェル塔ではなくケ・ブランリー美術館。ここはお薦めです。なにしろ展示の方法が面白い。おもにフランスの海外植民地で収奪してきた民族文化のコレクションですが、なかなかイマジネーションを掻き立てられます。それからこのケ・ブランリー美術館の屋上のレストラン、実はまだいったことないのですが、いろいろなところで取り上げれています。

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この後は…下水道博物館なのでした。

下水道博物館

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SENS DE LA VISTEは「見学者はこちら」みたいな意味です。

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昔はこの船で地下の下水を攫っていたそうです。想像しただけで気持ち悪いですね。

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これはたしか、レ・ミゼラブルからの1シーンだったと思います。この数年後にミュージカルを映画にしたレ・ミゼラブル、ご覧になった方も多いと思います。最後の下水道での追跡劇、圧巻ですよね。マリウスとかコレットとかジャベールとか懐かしい。

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これは現在だと思います。この球をころがして掃除しているわけですね。

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アンバリッド

出口から、セーヌ河岸を歩くとアンバリッドにつきます。ここは廃兵院といいます。廃兵院、なんのことだかわかりますか?私は大学2年生の時、はじめてフランスにきたのですが、意味がわかりませんでした。地球の歩き方をみると「ルイ14世が傷病兵を収容するために建てた(以下略)」とあります。この説明でわかりますか?病院?って思いますよね。でもとてつもなく巨大な建物です。

 

実は、ここは戦争で傷害が残ってしまった人の残りの人生の面倒を見る場所なのです。日本には軍隊がないため、ちょっとイメージわかないですよね。(あってもこういう施設を準備するかどうかは疑問ですが。)現在はプロバンス外人部隊のそういう施設があります。そこではワインも作っています。

ちょっと脱線しましたが、礼拝堂(円屋根のドーム)にはナポレオンの棺が、建物部分は戦争にかんする資料(古代から近代まで、鎧や刀からマシンガンなどの兵器まで)とにかくとんでもない量の展示物です。

ということでお薦めです。

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この街路灯邪魔です(涙)。

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これがナポレオンの棺です。息子のローマ王も一緒に埋葬されています。

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この辺りの鎧はおそらく、アルビジョワ十字軍の頃、全盛だっと思われます。その後の英仏100年戦争の前半あたりまでは。ちなみにフランス語もイタリア語も騎士のことは馬に乗る人、という意味なのですが、英語のナイトだけ意味が違います。Horsemenではないのです。なぜでしょう?当時、軍馬が少なく、馬で移動し、戦争は馬から降りて徒歩で戦ったからだという説があるそうです。

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完成品だけではなく、つけてた人は即死だろう?と思わせるような破損した鎧も展示してあり、なかなかのリアリティを感じさせてくれます。
長くなりましたのでパート2に続きます。

 

ピュイベール城→レンヌ・ル・シャトー

モンセギュール城を後にして、ピュイヴェール城に来ました。

このピュイヴェール城カタリ派の他の城同様、廃城です。が、この後、何枚も写真を見ていただきますが、とっても美しいのです。我々がイメージするいわゆる中世のお城の遺構をのこしているからだと思います。

 

そして、このお城もカタリ派の城の一つです。といっても城主がカタリ派だったということではなく、アルビジョワ十字軍の侵攻を受けた城という意味です。カタリ派の城巡りと言った場合、カタリ派が拠点としていた城(モンセギュール城やケリビュス城、ペイルペルテュース城などが有名)もあるのですが、そうではなくピュイベール城のようにトランカヴェル家の配下の封建領主として、ま、言ってしまえば、主君の失策の巻き添えをくった城も結構あります。

 

城主はコンゴスト家。吟遊詩人の保護でしられた貴族であったそうです。このお城、通商路の要衝に位置し、かっては多くの人の往来でさかえただろうなあと往時の繁栄が想像できるかのようです。

 

攻城戦はあっという間にかたがつき、わずか数時間で落城したそうです。コンゴスト家は名門でもあるそうですが、他には城をもっていなかったそうで、この城を失い、そのまま歴史の舞台からも消えてしまうことになりました。冷静に考えると、この城で籠城戦に持ちこたえる(投石機に耐える)のが難しいことはすぐわかります。

 

アルビジョワ十字軍の侵攻をうけたラングドックの地にはコンゴスト家のような封建貴族がたくさんいました。殆どが家名断絶となったのですが、一部には上手に立ち回った家柄もありました。降伏でも抗戦でもなく、主をトゥールーズ伯やトランカヴェル子爵から、フランス王家へ直接、臣従を誓うケースなどです。当然、十字軍はフランス王直属の家臣に手を出すわけにはいきません。

 

900年前も今も、生き残りのルールは一緒ですね。何がおこるか予測する技術。殻に閉じこもって嵐が過ぎ去るのとじっと待つというやり方は逆にリスクが高いということかなと。

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上、駐車場からお城を臨みます。下、駐車場からいままで通ってきた城下の方向を臨みます。

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この写真だけみると、ちっちえーなーと思いませんか?&やってのか~?と。

それから衝撃なのは、こんな廃城に入場料取るのか?と驚きました。

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写真ではなかなか伝わらないのですが、実はとっても大きいのです。

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兵(つわもの)どもが夢のあと、といった感じしませんか?

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投石機が打ち捨てられじゃなく、展示されてます。

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投石機の攻撃にはめっぽう弱いだろうなあというのがわかりますね。
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眼下に支配においていたであろう城下を見下ろすことができます。

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崩れかけた塔の上から城の全体像を臨みます。山の稜線の上に作られたことがよくわかりますね。

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訪れる人もほとんどなく、ひっそりとしています。
ですが、いろいろなお城を訪ねたことのあるわたしでも ここは何がなんでも訪れるべき名城の一つだと思います。

 

このあと、レンヌ・ル・シャトーへと向かいます。

 

ここ、レンヌ・ル・シャトー、シャトーはフランス語で「城」という意味です。ちょっと不思議な村名です。ここに赴任してきたソニエール神父が赴任している際に、悪魔の彫像から巻物がでてきて…そこから急に神父の金回りがよくなったことからその巻物はとんでもない価値をもったものか、財宝のありかをしめした宝の地図ではないか、と噂になったことで一躍有名となりました。

 

これ以外にはとくに特徴のない村です。といってもこの小さな村の歴史はとてつもなく古いのです。なんと、西ゴート王国の夏の都だったというのですね。そしてこんな小さな村に、小さな城があります。

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ソニエールの蔵書があつめられていたそうです。

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この悪魔の彫像の中からでてきたそうです。もちろんこの彫像はレプリカです。

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そして、この何の変哲もない田舎家みたいなのがレンヌ・ル・シャトーの城です。その来歴はよくわかっていません。入場もできません。

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個人の邸宅みたいな城ですが、反対側にまわると地形の利を活かした断崖に面しています。

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レンヌ・ル・シャトーの周辺にはシャトー・ドゥ・ブランシュフォールなど不思議な城があります。また、この城のそばにはルーブル美術館にある、プッサンアルカディアの牧羊を描いたとされる場所があり、プッサンは宝の場所をしっていたのではないか、などいろいろな伝説がこの地に彩りを添えています。

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https://www.boutiquesdemusees.fr/ より拝借しました。

この背後の山がこの地、ラングドッグだという説があるのです。

財宝はカタリ派の財宝であったり、ダヴィンチ・コードであれば、イエス・キリストの血脈を記した文書であったりと諸説あるそうです。まあ、ダヴィンチ・コードの話はいくらなんでも荒唐無稽だとは思いますが。