インドに起業のネタ探し旅行記(番外編)その4

さて、郊外の寺院にやってきました。Parvati Temple、パールヴァティーというヒンドゥー教の神様をまつった寺院です。高台の上に寺院はあります。その高台へと続く丘の麓には、砲台らしきものがあります。(が、砲台ではなさそうです。)

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ヤギかな、普通にまちなかをあるいています。このそばに生ゴミの集積所があります。人口が多い上に暑いのですから、すごい臭気なのでした。その生ゴミが餌になっているものと思われます。町は、旧市内のはずれまでくると、かなり汚いです。写真はありませんが、3,4歳くらいと思われる児童が素っ裸で歩いていました。生ゴミはそのまますててあって、異様な悪臭を放っています。で、ヤギはこういう生ゴミを餌としているようです。なので、ふんもいたるところにあります。

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ゆるやかな坂道をのぼっていきます。この塀のせまいところにヤギがいました。どうやってのぼったのでしょう。人が近づいても逃げる素振りもなく、気持ち悪いのですぐ離れます。

途中に猿がいたりします。インドではいたるところに猿がいます。

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さて、頂上にはいくつかの塔があります。いずれも極彩色でとても美しいです。でも、多分、木造だと思います。 

 

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頂上は平地になっており、そこからなだらかな道をすすんで3つの塔へと向かうことができます。まずは、オレンジ色の塔へ。

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インドっぽい感じですよね。中の写真はありません。どんなふうだったけかなあとおおもいだそうとするのですが、どうしても思い出せません。ただ、ヨーロッパの教会のようなつくりにはなっていません。おそらくは入り口が日本の神社のにようになっていたとおもいます。そして、上のオレンジの塔の場合は、底辺の四角い部分だけ、一周できるようになっていたと記憶しています。

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次にやや小ぶりな塔がでてきます。彫刻がとても美しいですよね。

そして、3番めは展望台にかこまれるように立っています。玉ねぎ屋根はなんとなく、ロシアのギリシャ正教っぽくみえたりもします。こちらの塔も同様で中にははいれません。

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さて、この寺院、とてもわかりやすいとおもうのですが、一階が回廊のような部分唐崎にはすすめないようになっています。ここで、イメージとしては日本の神社の賽銭箱なのですが、お金ではなく、花を投げ入れる感じです。そして、この塔を囲む壁(城壁?)があり、その壁の上をあることができるのですが、とても見晴らしが良いのです。

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ちょうどプネの外れに位置しますから、こちらがプネ側になります。見渡す限り大平原ですよね。

手前と中央の低層住宅が並ぶあたり、拡大してみると…

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スラムっぽい感じですね。ただ、インドの場合、スラムというよりは開発に取り残された人たちの居住地域という表現のほうが正しいかも知れません。こういう地域にきちんと統計局の人は統計をとっているのだろうか?ちゃんと出生届や死亡届はだされているのでしょうか?わたしは疑わしいとおもいます。つまり日本でみるインドのデータなんて、推計値に過ぎない。それもかなり程度を推測にたよったデータにすぎないのでは?とおもっています。

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上の写真の右側にみえるのはリキシャです。日本の人力車がその名称の由来だそうです。市内でたくさん走っているリキシャの運転手は殆どが英語が通じません。こういうエリア出身の方が運転されているのであればそれも納得ですよね。そして、かならずぼったくろうとしてきます。ぼったくるといっても本当にたかがしれているのですが、その態度が本当にイラッときます。このあたりは万国共通ですよね。

それにしても屋根が…石をのせているだけ、ですよね。こういう家屋には住所があるのでしょうか?郵便物とかとどくのでしょうか?疑問に思いました。

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こうやってみると、普通の建物群のすぐとなりにスラム(の・ようなもの)があるのが、わかります。もしかしたら開発の順番待ちなのかもしれませんね。そして、川を挟む土地の開発優先順位が劣後するのは日本もインドも同じなのかも知れませんね。

再びプネの旧市街中心地にもどってきました。さきほどのパールヴァティー寺院とことなり道は結構、きれいです。

 

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この今にも倒壊しそうな建物群が、逆に新鮮ですよね。

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下の写真、椰子の実のジュースのスタンドです。普通の店舗の前の路上にリヤカーで引っ張ってきて開店しているような、なんというか、極めて原始的な商売の形をみているかのようです。きっと仕入れ値は相当低いんだろうなあと思いながら、どんな味かなとおもって買ってみました。お腹大丈夫かな?とおっかなびっくりでしたが、私は大丈夫でした。ですが個人差や地域差もありますから、このブログをお読みの方はこういうのは慎重に!

盲点かもしれませんが、椰子の実は水道水とは関連がありません。椰子の実を叩いて、そこにストローを刺すだけですから実は、かなり安全なのかもしれません。

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この辺りは人だかりが、もう、すごいのです。

いかにも旧市街を連想させるような建物ですよね。たしか、昔の銀行かなにかのあとだったと記憶しています。中国のマカオにはこういう感じの建物が結構のっていたりします。プネではすこしめずらしいかもしれません。

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インドのおやつです。とってもおいしいのです。カレーにパンとネギとベビースター的なお菓子の組み合わせです。とっても安いです。奥にみえるのはもちろんカレーです。とっても辛いです。このセットでたしか100円しなかったと思います。ちなみに左側のオレンジの物体は、日本のベビースターの激辛版みたいなものです。といってもそれほど辛くもありません。人によってはこれをパンにはさんでたべたりしていました。

こちらは、サトウキビを絞ったジュースのスタンドです。その場で搾りたてのフレッシュなサトウキビのジュースが買えます。いい香りがするんですよ。

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おそらくはイギリス植民地時代の建物を転用したとおもわれる市場です。

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市場は昼間は一日中、やっているというか、露店商が売り物を広げています。スバイスであったり、紅茶の茶葉であったりいろいろあります。

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ということで、明日はプネからアジャンタ・エローラ石窟院に向かいます。

昔のプネの王宮後のシャニワール・ワダ(shaniwar wada)からパールヴァティー寺院(Parvati temple)への位置関係は以下の通りです。

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シャニワール・ワダからリキシャに乗る前に近くの英語を話す人に、だいたいいくらくらいかかるのか聞いてからいったのですが、当てになりません。というか、外国人とみると必死でボッタくろうとします。が、タクシーをチャーターすると更に高額な費用がかかります。もし、個人旅行で行かれる方はその当たりは事前にリサーチしたほうがいいかもしれません。観光客にはあまり親切とは言えません。街自体も郊外で大きくIT都市として発展していますが、プネ市内はスラムっぽい雰囲気となんとなく英国植民地時代風とさらになんとなくローカルテイスト風が合わさっていて、車窓からみたらおもしろそうですが、個人で観光となると移動手段がありませんので、かなり苦労することになります。もう一度、知人や家族を連れて行く機会があるなら、私でしたらリムジンをチャーターします。リキシャをまったり、値段の交渉をしたりという必要がないので、かなり時間は有効活用できるはずです。ただし、このカオスな雰囲気がおもしろい、という方であれば、リキシャは写真を取りながら移動できますし、写真をとったらお金を請求されることもなくすぐ移動ですから、これはこれでありですよね。

 

 

新国立劇場のこつこつプリジェクト「リチャード3世」を見てきました。

先日、新国立劇場でシェークスピアのリチャード3世を見てきました。といっても、一年かけて舞台として完成させていこうというプロジェクトでその名も「こつこつプロジェクト」。

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その経過を公開するという小劇場でのショート・プログラムでした。リーディング公演ってなんなのでしょう?もしかしたら朗読会みたいな感じなのかな?と思っていました。

たしかに台本的なものを手にとって、朗読会の形式を踏襲しているとは思いますが、実態は…素晴らしい舞台でした。

ネタバレ含むけど、まあ、見に行けば出オチだからいいよね。

ってことで、今回のリチャード3世はびっくり!だって…タイトルロールが女性なんです。

しかも…(まだまだいろいろな工夫がされています。それはお楽しみ!)

そして…今回はなんとヘイスティングスが死ぬところまで、つまり途中で終わりです。そのヘイスティングスの処刑される直前のセリフ「私の死を笑うものもまた、いつか同じ運命に見舞われるのだ」のシーン、傍らでとっても美女なリチャード3世が腹を抱えて笑うところで幕を閉じたのでした。必見です!

痺れました。美女?悪人=最高!(みるだけなら。)

新国立劇場は演劇も芸術監督が代わって、しかも、演目に毎年たのしみにしていた中劇場のシェークスピアがなくて、今年はかわりにギリシャ悲劇で…ものすごく心配だったのですが、杞憂であることがわかりました。ちなみに、リチャード3世、もし、見に行こうとおもったら、どこで上演されるか?どこのプロダクションか?にかかわらず原作は読むか、すくなくとも実際の歴史はすこし調べるなどして理解しておくと一層楽しめます。というのも登場人物が多いのです。そして…シェークスピア劇全般にいえることですが、小さなお子さんの同伴は避けた方が無難です。シェークスピア=上品とイメージしている人がいるらしいのですが、実際はまったく逆だったりします。結構、卑猥なジョークもあったりするのです。そういう意味でも、もし、シェークスピアをみにいくなら原作に目をとおしていくのはおすすめです。

 

そして、6月はオレステイア。チラシのインパクトが強過ぎます。

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この主人公オレステイアは上のチラシの羊のとなりの少年になります。主人公オレステイアのお父さんはアガメムノンです。アガメムノンは…そう、トロイ戦争でギリシャ軍の総大将ですね。

 

ギリギリのところで辛勝したトロイ戦争から、財宝たっぷりでアガメムノンはかえってくるのですが、何年にもおよぶトロイ戦争の間に奥さんのクリュタイムネストラは、実は浮気をしてしまうのです。そして、夫のアガメムノンがかえってきたら、浮気相手と共謀して、アガメムノンが風呂にはいるときに後ろから斧で、きりつけて殺害します。

 

王宮は母と浮気相手に乗っ取られ、アガメムノンの帰りをまっていた王子のオレステイアは追放されます。そこから始まる復讐劇。ギリシャ悲劇ってどうなんだろう?って私は思っていました。ですが、この新国立劇場で上演されると聞いて、はずかしながら私もそれから買って読みました。いがいや以外、シェークスピアよりかなりテンポよく話は進みます。

 

ただし、ギリシャ悲劇はその多くが、「トロイ戦争」の出来事が起点となっていることが多いです。なので、トロイ戦争を知らないと、もちろん、注釈があるのですが、それでもかなりわかりにくいというか、感情移入しにくいかもしれません。

 

ということでもし、ギリシャ悲劇、よんでみようかなという方がいたら、まずはホメロスの「イリアス」を一読することをつよくおすすめします。どこの図書館にもおいてありますし、岩波文庫でも買えます。

 

そんな暇ないという方のためにここで無謀にもすこしまとめてみたいと思います。

 

トロイ戦争というとどうしても昔のブラッド・ピッドのトロイを思い浮かべる人、多いとおもいます。このトロイという映画、実は大事な点がかけていて物語の面白さの本質を伝えそこねているのです。

 

イリアム(=トロイの別名)の面白さは、「ホメロス」が書いた「イリアス」でなければというのが私の考えです。で、ホメロスのイリアスが異常に面白い、その異常な点が、オリンポスの神々が戦争に参加していることにあるんです。

 

トロイ戦争というとトロイの木馬でギリシャ側が勝ったというイメージだと思いますが、実際は攻め手のギリシヤ側はギリギリまで追い詰められます。どうしてもギリシャ側に勝たせたい女神アテネはギリシャの武将ディオメディスに加勢します。そのシーンはまるでSFです。時間をとめ、ディオメデスにだけ姿をみせて、こう言います。「戦車の手綱をにぎろう。この戦場にいる神々と人間の区別がつくようにしてやるから神々を鉾を交えるな」と。実際にはアフロディーテに恋する軍神アレスと戦場で戦い、なんと打ち負かします。(といってもギリシャの神は死なないのです。)

 

ドイツのシュリーマンは子供のころ、イリアスが好きでトロイの発掘に着手し見事に発見したことで有名ですが、あのSFを読んで、実際にあったと思うこと自体、ナンセンスなくらい、人間と神々が入り乱れたとてもおもしろいお話なのです。

 

そのトロイ戦争のきっかけとなったのは「パリスの審判」。フランスワインと米国ワインが対決したイベントでつかわれることもありますが、もともとは、トロイの王子で、ギリシャ世界で一番の美男子パリスに3人の女神の中で誰が一番美しいか、きめてもらおう、その王子パリスによる審判が由来なのです。そして、3人の女神はそれぞれ自分を選んでくれたら…と対価を約束します。アテネは武功、ヘラは財産(だったかな)、アフロディテは美しさを。パリスはアフロディテを選び、スバルタ王、メネラオスの妻、ヘレネを受け取ります。つまり、トロイへ連れ去り、戦争がはじまります。(ギリシャの神々と約束をしたら、破ることは許されません。)ヘラもアテネも当然、パリス憎しで、ギリシャ側に付きます。もちろん、アフロディーテはトロイ側にたちます。他の神々も人間と一緒になって戦場でほこを交えることとなります。

 

で、アキレスがトロイの王子ヘクトルを打ち取り、パリスが放った矢をアポロンがアキレスのアキレス腱へとあてることで有名な二人の英雄は舞台をさります。

 

その後、ギリシャ側が撤退したと見せかけて、ギリシャはその陣に木馬を残していきます。そこにトロイ軍がきて、戦勝記念にもちかえり城内に運び入れ…そこからさきは皆さんご存知のストーリーですが、なぜ、そんな見え見えの手にひっかったのでしょう。そこもアテネが絡んできます。

 

そして、トロイ(=別名イリアム)陥落の大混乱の夜、王族の一人、アエネイスは父親と息子を両脇にかかえなんとか脱出します。ほかに逃れてきた人たちをまとめ、安住の地をめざして放浪の旅を続けるのがその続編、ローマの詩人ヴェルギリスによってかかれた「アエネイス」の内容になります。

このアエネイスではアテネは怒りの矛先を収めますが、ヘラは執拗にトロイの生き残りのアエネイス一行を苦しめます。(最後の方に唯一無事、領地に帰れたディオメデスも登場します。)

このアエネイスや、ホメロスの「ユリシーズ」こちらはギリシャ側の智将オデュッセウスが苦労してやっと自分の領地イタケー島に帰る話ですが、これらのストーリーと書かれた時代は全然別ですが、内容的なタイムラインがかさなっているのが、アイスキュロスのオレスティアになるのです。

 

トロイ戦争のきっかけをつくったメネラオスや、ヘレンも登場してとってもおもしろいです。最後まで因果が絡む悪夢の連鎖な復讐!

 

ギリシャ神話が成立したこと、当然といえば当然ですが、罰則はあっても法体型としての完成はまだみられません。神話の英雄の倒叙人物の一人がミスを犯します。その償いを例えばアポロンの宣託に従って償うと別の人物の殺害であったりと復讐が復讐の連鎖をよび、神々の信託の矛盾がでてしまいます。そこの手打ちさせるのが神々が物語に直接登場し、関係者の和解を促す、大岡裁き的なクライマックスを、デウスエクスマキナと言うそうです。

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インドに起業のネタ探し旅行記(番外編)その3

 どういうビジネスプランであったか、ここでは詳細を省きます。とりあえず、プネ市内をビジネス目的で訪問しました。

 

そして、前日の料理教室の後、やってきたのが、ヨガ教室です。

なんと書いてあるのか、全くわかりません。電話番号とか料金とか営業時間とか、なのでしょうか?あまりに媚なさすぎてチンプンカンプンです。

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本場のヨガは体操でした。もしかしたら日本のスポーツクラブでよくみるエアロビのようなものかもしれません。許可をとって撮影させていただきました。大変活気のあるヨガ教室でした。

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さて、翌日、プネー市内で次は、なにしろはじめてのプネーですから、何があるのか、しっかりチェックしておこうと主要な観光スポットをまわります。

Chattushirigi Temple チャッツシュリジ寺院とよでも発音するのでしょうか、にやってきました。

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インドは人口爆発中ですから、すごい人だかりなのです。どこにいっても人、人、人。

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そして、外国人観光客、本当にいないのです。そして…当時の写真をみていて気づくのですが物乞いもいません。これがムンバイやデリーにいくとたくさんいるのですが、プネーでは、経済的発展がすごいですからね。やる気さえあれば、ということなのかもしれません。

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上の写真のテントといか、露天ではこの寺院でお祀りしている神様にお供えする花を売っています。インドにもいろんな神様がいます。で、プネーはどちらかといえば観光地ではないので、英語の案内は私が訪問した際はほとんど見ませんでした。外国人観光客自体、ほとんどいません。なので仕方ないといえばそれっきりなのですが…ヒンドゥー教の神様についてしっておくのといいのかもしれません。

 

それにしてもインドを旅行してきて、よかったのが、ムンバイ以外の街では、外国人観光客は目立つはずなのに、放っておいてくれること。「どこから来た?」とか頼みもしないのに英語でガイドしてくれたり、はてにはガイド料をくれと、物乞いみたいなことされたり、そういうのがあるからヨーロッパ以外の地域への旅行はなかなか煩わしいと感じるとが多いのですが、プネーではそういう思いは全くしませんでした。

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上のお土産屋さんも、参拝客のお供え用です。買って、それをお参りしてい本殿に捧げます。

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 多分、ものすごく安いのだろうけど、まったく英語、通じないだろうし、万が一、美味しくなかったとしたら荷物が増えちゃうだけなので、見るだけ…。ただ、なんとく甘い物ではなかろうか?そんな気がします。

 

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ちょうど本殿でのお参りの後です。

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お参りのための長蛇の列です。でも、この日はとくにこの寺院のお祭りの日、というわけでもなかったと思います。私もわけも分からずにこの列にならんだのでした。ただ、遊園地のアトラクションとかとことなり、列はするする進みます。

 

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チャッツシュリジ寺院を後に、プネ観光の一応のランドマーク的存在、シャニワー・ワーダー(shaniwar Wada)に来ました。ワダではなく、ワーダーと伸ばすそうです。しかも、ウィキで調べてていまさら気づいたのですが、プネではなく、プネーなんだそうです。現地ではプネ、と発音していたような気がしましたが。

 

上の写真が城門です。ムンバイから入ってプネにくると、旧市街というのはまあ、そこそこ見たりするのですが、いわゆる土着の、例えばヨーロッパを旅行すると目にするような封建制の名残としての城塞的なものをほとんどみることがありません。まるで、最初から共和国だったっけ?と。ですが、実際は、インドは英国に併合されるまではその歴史をみると戦乱の歴史でもありました。世界史を勉強した人ならムガール帝国というのがインドを支配していたことを、なんとなく思い出しませんか?ムガール帝国は英国の植民地として、後には英国によって滅亡させられインド帝国としてとって替わられました。

 

上の写真の城門のすぐ上の櫓というのでしょうか。見晴台です。なんだか西洋のお城みたいですよね。そこにオリエンタルの要素のような。アジアと言うより西洋ですよね。とっても好感が持てます。

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ここ、デッカン高原は日本で言えば軽井沢のような高地にあります。こんな高いところでまで、しかも、ものすごい暑さと湿気の中、当時の英国の軍人は鉄砲をかついで行軍してきたのかとおもうと…不思議ですね。どんな意味があって、当時はおそらくなにもなかったであろう地方都市を後略したのでしょう。その見返りはあったのかな?あるいは当時はもっと現在とは価値基準がことなりますから、価値があったのでしょうか?いろいろ疑問におもってしまいます。ただ、この地の人にしたら、自分の国と英国に外交関係があって、それがもつれて宣戦布告というのであればともかく(それでも戦争は反対ですが。)これは、単なる侵略ですよね。しかも居座り強盗なわけです。日本は幸い、そういう経験をしたことはありませんが…

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立派な城門ですが、戦争となったら大砲の前には為す術もないのでしょうね。

 

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内部は廃墟、じゃなかった公園です。美しく整備されています。

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多分、正面に宮殿があったのでしょうね。再建してくれてたら当時のイメージも湧くのですが。これはこれで美しいとは思いますが、城門が立派なだけにちょっとガッカリ感はしますよね。

 

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先程の城門を反対側からみるとこんな感じです。
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城壁の外は繁華街なのです。

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ムンバイは車社会ですが…この狭いプネ市内はリキシャやバイクが大活躍です。

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旧市街の中心にこのシャワニール・ワーダーは残っています。その周囲は交通量も多く大変活気にあふれています。上の写真は駐車場に面した城壁です。なんという木かはしりませんが、巨大です。城壁の規模感も伝わるとは思いますが、ただ、これだけの巨大都市です。このシャワニール・ワーダーにしても、領主の館か行政府くらいの位置づけに過ぎなっかったのかもしれませんね。

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ちょっぷりダサダサな独特の様式の建築がインド的ですよね。見どころというほどのみどころは無いのですが、主要な場所は旧市内の中心地。つまりシャワニール・ワーダーの周辺にあります。そして、ページを改めて紹介しますが、高台の寺院は徒歩ではいけません。タクシー、またはリキシャでの移動となります。

 

それにしてもお気づきかもしれませんんが、観光客向けのお土産店というのは殆どありません。多分、皆無です。これは旧市街だけでなく新市街にいっても同様です。このあたりがインドの不思議なところでもあります。シャワニール・ワーダー内にもジュースの自動販売機一つないのです。(すぐそとではスイカをうる屋台はありましたが)もちろん、コンビ二もありません。なので、割と道路がきれいなんですよね。

 

そして、英語はほとんど通じません。誰だ!インドは英語が母国語だなんてほざいていたのは(笑)?ちなみにプネーにはプネー大学があり、そこには日本語学科があるそうです。

 

こういう市街をあるくとき気をつけたいのは日本と違って車はとまってくれません。信号のないところを渡るときは注意が必要です。

 

 

今までに最高にホラーなくるみ割り人形

パッケージからはとってもよそうつかないのですが、パリオペラ座バレエの今シーズンのくるみ割り人形は悪夢に出てきそうなホラーなくるみです。

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ということでネラバレ注意です。これからイオランタ/くるみ割り人形のDVDをかおうとしている人はこの先を読んじゃだめです…

てことで、今回、アマゾンUKで買いました。イオランタ、曲はいいのですが、チャイコフスキーのオペラの中ではドラマ性に欠け、イマイチ、盛り上がりに欠けるオペラなのです。今回はそのオペラの後にくるみ割り人形が入っています。3時間もありますから、上映時間は5時間くらいあるのではないでしょうか?

で、イオランタはいいんです。(としか言いようがない)

クルミ割人形、最初は、モダンな振り付けだけど、素晴らしいオーケストラと相まって、いい感じでうっとりきいていたのですが、メタモルフォーゼの辺りで、あれ、ネズミが出てくる気配がないぞ!となるわけです。

私はこうみえても(?)、バレエが大好きで、くるみ割り人形はほぼ全てのプロダクションを持っています。くるみ割り人形は雪の精のシーンまでの曲が本当に素晴らしい。そして、古今東西、いろんなコレオグラファーがねずみのシーンで頭を悩ませてきました。音楽的に最高のシーンの一つですが、ネズミのかぶりものはパフォーマンスを難しくします。どうやって魅せるのか?

わたしが見た最高のネズミは、

1フランス軍(ナポレオンとブルボン家とリシュリュー枢機卿がでてきます。)

2ロシア革命のボリシェビキ。(これはネズミがボリシェビキで兵隊が白軍です。そして主人公の恋人はボリシェビキの銃弾に倒れます。ゴーダのシーンがホントに涙とまんない)

3今回の多分エイリアン(これはウクライナ政変がモチーフとわたしは読みます。)

今回はネズミを撃退するのは(おそらく)核ミサイルです。家が粉砕され、黒いシミ(放射能の雨)と核の冬を連想させる雪の精のシーンです。ここでは雪の精ではなく人々が寒さにひとりまた、一人と倒れていくシーンがリアルに表現されていています。

まあ、とにかくすごいんです。

そして、すこしだけ残念なシーンはコーダです。斬新な振り付けというのは実験的要素も含まれていますから、振り付け家と観客との間の溝があるのは仕方がないといえばまあ仕方がないのです。ですが、このくるみ割り人形。なんと王子様とのパ・ド・ドゥではないのです。いろいろなくるみ割り人形でこのコーダのシーンは評価が難しいですよね。それだけチャイコフスキーの音楽の素晴らしさとマリウス・プティパの振り付けがマッチしていたということなんだろうとおもっています。

最後は隕石が地球に衝突です。

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すくいのない見る人を選ぶ、芸術性の高いすばらしいバレエです。

日本や英国、ロシアでは受け入れられない可能性がたかいです。こういったアートを評価できる目利きがたくさんいるのがフランスのフランスたる所以でもありますね。馬鹿なアメリカ人にはわかんないでしょう。

2019年もフランスに旅行にいきます。今回は年末。年末といえば、基本世界中でこでもくるみ割り人形ですから。もしかして、このDVDのイオンランタとくるみ割り人形のセット見れるかな?とおもっていたら流石にこのくるみ割り人形は年末ではなく6月だったかな普通のシーズンのプログラムに入っていました。

まあ、このくるみ割り人形はたしかにちょっと…トラウマな怖さをもっています。

インドに起業のネタ探し旅行記(番外編)その2

プネ市内ではマガルパッタシティを訪問します。

ここはシティというだけあって、この中だけが外界を隔たれた町を形成しています。下の写真が入り口なのですが、区画全体がフェンスで囲まれています。

フェンス内部には、病院、映画館、住居棟、オフィス棟があります。

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下の写真の左側のボックスが検問所というが入り口です。もちろんガードマンがいます。

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日本の人力車がその由来といわれるリキシャは中には基本、入れません。

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これ、実際に行ったのはかなり昔なんですが、あれ、インドってこんなに近代的だっけ?って思っちゃいますよね?

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このフェンスでかこまれたシティの外はどうなっているかというと、

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我々のよく知るインドがそこにはあります。そこかしこに「女の子を救おう」という看板があります。これ。どういうことか聞くと、インドでは男子が跡取りとして重宝されるので女児がうまれるとそのまま放ったらかしにして、最悪の場合…ということが(当時ですが)頻繁にあるのだそうです。継がせる家があるような金持ちだけの話しかとおもいきや、貧しい世帯であっても同様に男子のみを待望するのだそうです。で、結局、この後、アジャンタ・エローラの石窟寺院に行くときにも言及しますが、バスでの交通手段しかない町へ、バスで移動すると停留場は宿場というのでしょうが、かなりの賑わいがあるのですが、そこには男性しかいないのです。

一面、若い男性ばかりというのは気持ち悪いです。インドは女児の命をあまりに軽視する一方でレイプの犯罪も頻発しています。女性の一人旅は、お勧めできません。

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フェンス外のいわゆる古いインドも急速に都市化を始めているので、下の写真のような素敵なマンション群が建設中なのですが、逆に、その土地のもともともつ因縁というか、由来というか、特性がきえてしまうのって、いくらよその国のお話とはいえ、すこし怖いですよね。

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先程のフェンスで囲まれた区画の中の企業を訪問しました。研修室です。なんが語学学校みたいな雰囲気ですよね。

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普通によくある海外の会社って感じですよね。下の写真は、なんと、社員食堂です。インドの企業文化はかなり日本を真似しています。ものづくりの現場におけるそれはわかるのですが、ITであっても、日本のものづくりで学んでインドで創業している企業のカルチャーを受け継いでいると思われるシーンにでくわすこと、多いです。

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こちらがメニューです。インドの企業は社員食堂があるのが一般的です。もちろん、地域によります。が、そもそもインド関連で起業しようとおもったきっかけとなったインド旅行はチェンナイでしたが、チェンナイの企業にも社員食堂がありました。メニューは、ベジとノンベジとすくなくとも2種類に対応しています。もちろん、自宅から持ってきている人もたくさんいます。企業によってはビュフェ方式をとっているところもあります。そこは人員の規模にもよりますが、オフィス外での飲食のスペースが屋台形式のものに限られる地域も多く、また、インド人にとっても、暑いものは暑いということらしく、経済合理性がはたらいているようです。

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美味しそうですよね。

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ちなみにキーマカレーはこのデカン高原の町、プネではほとんどお目にかかることはできませんでした。肉は貴重なんですね。油と炭水化物。これでうまいビールがあったら大変です。

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再び、マガルパッタシティを出て、プネ市内に戻ります。

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株式公開している超大企業、もちろんIT系を訪問します。

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この企業の周辺はさぞかし立派な工業団地とおもいきや…ちょっとびっくりですよね。大体4種類くらい。上の写真のようなスラムっぽい雰囲気、ふるい朽ち果てたようなつる草の絡まる集合住宅、高級住宅、高級マンション。そんな感じでしょうか。

上の写真から判断するに、この企業の立地はもともとスラム、といっていい場所だったのかも知れませんん。結局、こういう場所を地上げして更地にして、おっきなオフィスビルを作るのがコスト的に手っ取り早いのかもしれません。この企業はインド各地にたくさんの拠点を持っています。

下の写真は、料理教室を開催されているお宅に見学にお邪魔しました。

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お料理教室のキッチンです。実は外見はぶっちゃけボロそうなつくりなのですが、中は以外とコンパクトに小部屋が配置されて快適そうなつくりだったりします。

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サンプルとしてひとつ試食させていただきました。この地方のスナックです。郷土料理っていいと思います。かなり美味しいです。

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ひとつじゃなく、二ついただいたのでした。

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まちなかにはいつも、ではありませんが、こんな感じで普通にゾウがいます。当然、写真とったらお金請求されます。

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基本、インドは何やってもたかられます(=お金を要求されます)。もちろん、払う必要はありません。要求する側もダメ元でやっているのでしょうね。その割にはしつこいです。

はじめてのインド旅行を個人で恋人同士でいくことはまるでおすすめできません。とにかく人がたくさん。そして、親切そうに話しかけてきて、お金を撮ろうとします。すりではないのでフランスとまた、違った注意が必要です。

インドに起業のネタ探し旅行記(番外編)その1

インド絡みで起業するためにインドに行った話

実は、インド関連で起業をしています。

(このブログ、ほぼ実名ですが、完全にオープンにしたくもないので、一部、曖昧な表現でぼかしてたりしますが、そこはどうかご容赦くださいね。)

当時、ムンバイに行くにはANAのビジネスジェットしかありませんでした。ビジネスジェットっていうくらいだから、ビジネスの設定しか無いんだろうなあとおもっていました。ところがCAさんに聞いたら、「後ろのほうにエコノミークラスもございますよ!」とのお話。これには腰が抜けるくらい(まだ、抜けたこと無いけど)びっくりしました。

ということでお約束のビジネスの食事。昔の話です。これから旅行する人にはあんまり参考にならないかも、です。

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なんか、これからインド行くってかんじじゃないよね。

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当時、JALはムンバイへはとんでおらず、また、ANAはデリーへの直行便がありませんでした。今は…しりません。

で、よくよく考えればカタール航空を使えば、快適にしかも格安でムンバイへいけるのですが、当時は、まっすぐな思いで、ANAのビジネスクラスでムンバイへとむかったのでした。ちなみに8時間くらいでつきます。機体は小さく、ビジネスといっても、食事だけ、って感じでした。ANAはラウンジになんにもなくて、乗るたびに思うのですが、がっかりします。ま、マイレージでいくにはちょうどよいのかもしれません。

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最高だったのは外の風景。

これは多分、インドとミャンマーの国境おの山脈だとおもいます。

ウィキペディアをみててはじめしりました。

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バングラデシュとミャンマーの間にインドがあるんですね。飛び地?あるいは北部でインドつながっててバングラデシュを囲むようにあるのかな。

もともとインドとパキスタンとバングラデシュは英領インド帝国で一つの(植民地)国家でした。

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もう、この写真が取れただけで感動でした。ビジネスにのってムンバイ直行便にのった価値がわたしにはありました。

ちなみに、この前年にエアー・インディアでデリーにいったことがあるのですが、そのときはルートが違うんですね。着も深夜ですし。

そして、ムンバイについたらプネーに向かいます。8時間とはいえ、ムンバイには午後8時ころだったかな?到着した記憶があります。着陸はムンバイの市街をとおります。夜なのですが、碁盤目のようにわりと区画割がされており、その家々は暗いのですが、街路がしっかり明るく照らされているため、とても不思議な感じがします。ムンバイにつくと知人に事前に知人に手配してあった車(乗りあいタクシー)でプネー市に向かいます。当時、ムンバイ空港の周囲は大規模な土木工事中でした。ものすごい大渋滞なのでした。空港周辺を抜けるのに1時間、その後は市内の普通の道を縫うようにして、プネー市のあるデッカン高原へのハイウェイを目指します。当然、何百キロもはなれていますから、午後8時ころに出てもたしかホテルにチェックインしたのは深夜2時過ぎでした。下の写真からもわかるようにわりと一流ホテルではありますが、乗り合いタクシーの運転手がホテルの位置、わかるのだろうかと思っていましたが、プロなんですねえ。プネ=ムンバイ間は常に乗り合いタクシーで移動したので、このあと、何度もお世話になるのですが、ここはもっとも安心できました。

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少し、乗り合いタクシーについて補足します。

ムンバイからは、これがアドベンチャーなのです。空港について、ムンバイから目的地のプネまでは車でむかいます。予算は抑えめでつたえてあったので、乗り合いです。赤の他人と後部座席に3人です。そのタクシー乗り場といっても、普通に駐車場にとまっている車へむかうのですが、その途中、荷物を持とうとてくれます。荷物をもたれるとしつこく喜捨(バクシーシ)だったかな?たかられます。私はアジアとか中近東は(昔、シリアを一人旅したことがありますが)これがあるから嫌いです。遠慮してもスーツケースを持とうとよってきます、というよりたかってきます、という表現がぴったりします。ムンバイは本当にムシムシして、夜間でも暑いのです。本当に毎回、イラっとさせられたものです。

ムンバイからプネまでは6時間位かかったと思います。 なにしろ、ムンバイ空港の渋滞から抜けられないんですね。ものすごい車です。人です。そして、長時間、長距離です。

途中でドライブインのようなところに泊まります。英語がほとんど通じませんから、何時まで休憩タイムなのか、さっぱりわかりません。おいてかれたらアウトですよね。(向こうもお金とって商売している以上、しかも目立つ日本人。そんな心配はいりませんでしたが。)

そんなこんなで繰り返しになりますが、ホテルのチェックインは深夜というか早朝です。部屋、キャンセルされてたらどうしよう?とか思いましたがなんてことはない。ホテル側はよくわかっていたみたいでした。

 

ただ、毎年、ムンバイから深夜に入っていたのですが、年毎に改善されています。空港周辺の渋滞はハイウェイが整備され、かなり改善されました。空港自体もあたらしい近代的デザインの空港がいまではオープンしています。この経済効果はすごいと思います。おそらく、いつかは、ムンバイ=プネー間もシャトル便が整備されるのかもしれません。

次回候補2の1 ホテル予約が課題!ボーヌ:黄金の三日間+ボジョレー:ヌーボー解禁、

11月の第3週の週末はボーヌが黄金の三日間、第3木曜日はボージョレー・ヌーボー

ブルゴーニュ地方のワイン観光の拠点といえば、ボーヌ。そのボーヌの中心部にあるのが救貧院。ホスピス・ドゥ・ボーヌと呼ばれています。毎年3日間、ここの救貧院が所有するワイン畑から取れたワインを樽でオークションにかけられます。その売上は施設の運営につかれるそうです。今年(2019年)は11月15、16、17日。この記事を書いている2月14日現在、ホテルの確保は絶望的です。ただし、パリから日帰りツアーも出ています。ボーヌのリピならそれも◎。

これはミキ・ツーリストの2018年のものです。例によって盗難のリスクもあるし、ディジョンまではドル箱なので、TGVも高いから、個人でいくなら、ボーヌやディジョンに一度は行ったことがあるという人はこういうのもいいかもしれませんね。

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気持ち悪いことにネットで検索すると、黄金の三日間で上位に表示される内容は、学校の先生が新しい学年でクラスがスタートするとき、最初の3日間が大事ですよ、という意味でてきます。

 

ボーヌの黄金の三日間

私はそんなことには興味なく、ここではフランスのワインに関連した文脈で黄金の三日間について簡単に説明します。(といっても、全然、知らない人はこのページにくることもないかな?)いろんな方がその内容や訪問記をブログに残してくれています。なのでここでは簡潔に。その内容は、チャリティー・オークションです。救貧院が所有する畑からとれたぶどうでつくったワインの樽単位でのせりです。

 

救貧院というとなんか良い響きですよね。フランス語ではオスピス・ドゥ・ボーヌとよばれています。実際に現地にいくと創立者のニコラ・ロラン夫妻が神にいのる肖像画がかかっています。が、ブルゴーニュ公爵フィリップ善良公の大臣をつとめたニコラ・ロランは庶民を苦しめたそうです。ブルゴーニュ地方を旅行するとブルゴーニュ公フィリップの肖像画をいたるところで目にします。(フィリップ善良公(Philippe le Bon)となんか庶民思いの王様なのかな?なんてイメージしちゃいますが、ジャンヌダルクを捕まえて英国軍に売り渡したり、パリを占領したり…ネーミングセンスに微妙なものを感じます。)

 

 

六本木でワインバーのオーナーをしている私の友人が昔、1樽、落札したことがあるそうですが、ラベルに名前を入れることができるそうです。その話をきいたときは「あ、そう~」って感じでしたが、落札すると樽がくるのか、それとも瓶詰めされたのが届くのか?前者なら瓶詰めは誰がどこで、どのくらいの料金でしてくれるのか?後者だとしたら樽は受け取れるのか?ワインを少し勉強した今ではいろいろ疑問が湧いてきます(笑)。

 

 

もちろん、オークションに参加するために行きたいというわけでありません。そのお祭りの雰囲気を体験したくて行きたいと思っています。いろんな方のブログやHPを参考にさせていただいたのですが、オークションだけではなくボーヌの街全体がその年のワインの収穫のお祭りとなるようなのです。

 

 

ボジョレー地方のボジョレー・ヌーボー解禁のお祭り

ほぼ前後して11月の第3木曜日はボージョレー・ヌーボーの解禁日です。パリでお祭りのようなものがあるのは検索すると出てきます。ですが、せっかくなら、ボジョレー地方はブルゴーニュのすぐ南ですからボーヌに行くついでに一緒に行ってみたいですよね。

 

耳タコでしょうが、ボジョレーヌーボーの3分の1が日本向け輸出だそうです。また、韓国でも大量に消費されているそうです。日付変更線の関係で日本が一番最初に解禁になります。日本のお祭りも一部で毎年もりあがっているようですが、航空便で運ばれてくるボジョレー・ヌーボーの価格はあまりにも高いですよね。一本二千円代後半の価値があるのか…

 

ですが、観光となれば話は別です。次回候補2の2をみていただきたいのですが、丘陵地帯にいくつもの大きなシャトーが立ち並び、とても風光明媚です。

 

 

そもそもボジョレーとブルゴーニュ、何が違うの?

なんとなく似たような名前ですよね。地理も、隣接しています。北がブルゴーニュ地方、南がボジョレー地方と南北に分かれています。ボジョレー地方の南がリヨン市でリヨン市です。

 

ブルゴーニュとボジョレーでは植えられているブドウの種がことなります。ブルゴーニュでは赤がピノ・ノワール、白がシャルドネです。ボジョレーは赤がメインでガメイ種になります。

 

このブルゴーニュとボジョレーにきっちり線引がされているのは、歴史的な背景があります。元々、ブルゴーニュ地方、ガメイ種の栽培が盛んだったのですが、ブルゴーニュ公国が本家のフランス王国から独立状態になった頃、自家の領土内つまり、ブルゴーニュ地方でのガメイ種を引き抜かせ、植えかえ、ガメイ種の栽培を禁止したところから現在のブルゴーニュ地方のワイン生産の文化が完成されていったのでした。はじめて世界史を勉強した時、王国の他に公国ってものがあるんだ、とか、ブグルント公国って書いてあったり、ブルゴーニュ公国って書いてあったり、どちらかに統一しろよ、とか、よく思いました。試験には出ないから結果、どうでもよかったのですが、まるで理解できませんでした。多分、世界史の先生も理解できていなかったと思います。

 

このブルゴーニュ公国はボルドー以南と英国をおさめていたプランタジュネ家と一緒になってフランス王国の王位を狙って100年戦争に参加します。

 

ボジョレー地方はその頃、フランス王国の領土でしたから…そして総元締めのフランス王家が相続問題でガタガタでしたから…ほうっておかれたのかもしれませんね。

 

閑話休題。ボルドーと異なり、ブルゴーニュ地方の素晴らしいところは観光が楽につきます。ボルドーだとどうしても現地でツアーにはいるか、レンタカーをかりないとシャトーを回れませこん、それですら数は限られます。もちろん、シャトーの訪問は事前予約が必須で、有料です。安くないです。

 

ブルゴーニュは、とくにボーヌでは市内に有料ですが試飲を、しかも通年できる施設があります。ですから急にいくことになったとしても、予約なしでブルゴーニュワインの世界を楽しむことが可能です。

 

お酒を飲めない人は楽しめるのか?

 グルメなら良し!和食じゃなきゃだめとなるとハードルは高いです。歴史ヲタなら◎。ブルゴーニュが欧州、あるいはフランス全体に及ぼした影響はとても大きいのですこしでも学んでからくると帰国してから文学作品を読むとよりヴィヴィットにイメージできて楽しみが倍増します。

 

歴史に興味なく、お酒が飲めなく、食事は和食派。脂っこいものが嫌いという人は…

 多分何もないです。アヴィニョン以南のプロヴァンスまで行けば、印象派の絵画のモデルとなった風景も楽しめます。歴史知らなくてもローマ時代の建築物とか圧倒されます。

 

ボルドーを100倍楽しむ!2019年のペサック・レオニャン、ワインイベント 

 

ボルドー行く前に、年間のワインのイベントをチェック!

 

せっかくボルドーに行くなら、ワインが好きなら、ワインのイベントにあわせていきたいですよね。ブルゴーニュと違ってボルドーは大都市なので、ホテルの選択肢もたくさんあります。

 

ということで、www.french-property.comさんから、2018年のイベントを引用させていただきました。下の引用は2018年のものですから、2019年は当然、別日程なわけです。で、いろいろ検索して2月12日現在、判明しているところでは12月7、8日がペサック・レオニャンのポフト・ウーベルト(オープンデイ)でした。ホテルズドットコムでみたら、ペサック・レオニャンの例えばパプクレマンのホテルは予約がはいっていますが、市内のイビスなどのビジネスホテル系は空室、あります。

Bordeaux

Marathon du Medoc, Bordeaux – 9th Sept – The main wine festival in Bordeaux takes place in June, but this is a worthy sequel. Wine tasting at around 55 fabulous chateaux whilst you run a 42-kilometre marathon starting and finishing in the village of Pauillac. The tastings accompanied by plates of cheese, oysters and steak en route. An event now in its 33rd year, organised by marathon runners, but for all-comers. Around 8,000 thousand runners participate. Lovely route and lots of fun, with most runners in fancy dress. Dinner and fireworks in the evening. Entries now closed but spectators welcome. More information at Marathon du Medoc.

Ban des Vendanges de la Jurade de Saint-Emilion – 15th/16th September – Less a wine festival than a wine ceremony, which formally inaugurates the start of the grape harvest in a rather spiritual manner. A bit of a curiosity because of the semi-religious nature of the occasion, but it is a process that is mirrored in other wine areas of France. A cortege of several dozen costumed ‘jurats’ walk through the village to a church service to proclaim the start of the harvest. Smaller scale events around the occasion.

Portes Ouvertes des Graves – 20th/21st Oct – Around 69 chateaux open their doors to show their wines in over 3,000 hectares of vineyards. Wine school will lead several tasting workshops.

Portes Ouvertes Fronsac – 28th/29th Oct – Open doors in the chaisfollowing the 12km/24 km marathons that takes place.

Margaux Saveurs – 16th/18th Nov – A more refined and orderly portes ouvertes in this prestigious appellation. A pity some of the best producers prefer to remain behind closed doors, but a good range of tastings, lunches and dinners, musical events and artisanal market.

Portes Ouvertes des Sauternes et Barsac – 10th/11th Nov. – Around 50 chateaux that open their doors to visitors with each one providing a range of attractions as well as wine tasting. Food, concerts, and other cultural offers. Although the famous Chateaux d’Yquem considers the occasion below itself to participate there are many great chateaux that do, with wines just as good at half the price.

Portes Ouvertes des Pessac-Leognan – 1st/2nd Dec – Around 40 chateaux the open their doors to show their red and white wines, accompanied by local fayre and events. 

Portes Ouvertes Castillon Cotes De Bordeaux – 8th/9th Sept – Around 18 winemakers open their doors at this appellation on the eastern boundary of Bordeaux. 

 ペサック・レオニャンのポフト・ウーヴェルツは2019年は12月7,8日

ペサック・レオニャンの場合は特設サイトwww.pessac-leognan.com/week-end-portes-ouvertes-2/があります。

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下に小さく、2019年は12月7日(土)、8日(日)に開催されますとかいてあります。今の所、日程がかたまっているのはペサック・レオニャンだけなのです。オー・ブリオンとかラ・ミッション・オー・ブリオンとかパプクレマンなどで、有名な地域です。個人的に大好きなエリアです。パプクレマンについては過去記事もご覧いただけたらと思います。

tacoyaki.hatenablog.com

 

さて、ポフト・ウーヴェルツとは何でしょう?英語風に言えばオープンデイなかんじでしょうか?大学とかでよくありますよね。

 

ユーチューブをみてたらシャトー・ラ・トゥール・マルティヤック Château Latour-Martillacのそれがありましたが、ちょっとイメージが湧きにくいでしょうか? 

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下は、グラーヴのものでペサック・レオニャンでがありませんが、ユーチューブにありました。ポフト・ウーヴェルトはこんな感じでしょうか?

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マルゴー村のマルゴー・サヴウーは11月第3週末。2018年は11月16~18日

シャトー・マルゴーでも有名なマルゴー村でも同種のイベントがあります。11月の3週目の週末ということだそうですが、ペサック・レオニャンと異なり正式発表はまだありません。マルゴー村のそれはSaveurという表現をしています。マルゴーを知ろうデー位の訳でいいと思います。

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こちらもマルゴーのワイナリーが訪問できて、シャトーでのランチやディナーがあります。一人でいくと辛いかもしれませんね。友達あるいは恋人と行きたいイベントです。

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ユーチューブで過去の映像がありました。これを見ると、暖流が流れているとは言え、かなり防寒対策が必要なことがわかりますね(笑)。

 

雰囲気は、ペサック・レオニャンのそれとやっぱり一緒ですよね。ワインがしゅやくですから、そこは。

 

ポイントは、超高級品のマルゴーを選ぶか、手の届く価格のペサック・レオニャンを知り尽くすか?の違いかも知れません。レンタサイクルがつかえればマルゴーは楽しいとおもいます。ペサック・レオニャンはさむすぎるかもしれませんね。ただ、ペサック・レオニャンは日本でも名をしられていないシャトーはたくさんあります。それからボルドー市内にちかいのも魅力です。

 

ソーテルヌ・バルサックのポフト・ウーヴェルツは11月第2週末?2018年は11月10~11日

 

シャトー・ディケムで有名な貴腐ワインの産地。とっても甘くて私も大好きなワインの産地でもあります。そして法の精神で有名なモンテスキューの実家もある。そしてサン=テミリオンへのアクセスもよく、ボルドーでも、ワインとその地域の歴史などとの観光のバランスがボルドー市内並によくとれているのが、この地域。ただし、田舎です。かなり興味はありますが…ここは11月の第2週末のようです。こちらは2019年の予定はなんのアナウンスもありませんので、要注意です。またシャトー・ディケムはイベントにあまり積極的ではないようです。

 

もしかしたらシャトー・ディケムは有料の訪問をして、近くのシャトーのソーテルヌとすこしお手頃のバルサックを買えばもう、十分かもしれないのですが…

 

ボルドーのシャトーヴィジイットの特徴は、ほんの一口だけでも飲むか?特別な時に飲むワインをそのシャトーを訪問して決めるか?ある程度、目的を持ったほうがいいかもしれませんね。本職のソムリエでも無い限り、味の違いはわかるでしょうけれどもどっちがどう(高い安い)はわからないと思います。

パリ 現地発ツアーについて備忘録その1

パリにはたくさん現地発ツアーがあります。その1

H.I.S.やミキツアー、おなじみパリ・ヴィジョン、ほかにも日本人の経営するリムジンサービス「パリ・ランデブー社」などなど。それぞれについて、考察したいと思います。ノルマンディー方面に行きたい方、3人以上で旅行する方にとってはぜひ、参考にしてもらえたらと思います。

ここで勘違いされないように一言。

航空券はどこで買っても、現地初のツアーを利用することができます。航空券はスカイスキャナーで航空会社のサイトから直接買っても、あるいは楽天トラベルから購入したとしても、例えば、H.I,Sのツアーを利用することができます。

さて、パリには日本の旅行代理店のパリ支店の開催するツアーもありますが、パリにはフランス資本のツアー会社もあります。このあたりも現地のホテルにチェックインすれば情報は簡単にとれるのですが、できれば旅程を考える段階でも把握しておきたいところですよ。もちろん、いろんな会社が似たようなツアーを開催しています。微妙な違いがあって、価格も微妙にことなります。その比較は別の機会にページを作ろうと思います。今回はこんな会社のこんなツアーがあるんだという簡単な紹介記事になります。

最初に紹介するのは私も去年10月に参加したパリ・シティ・ヴィジョンのフォンテーヌブローとヴォー・ル・ヴィコントのツアーです。

パリ・シティ・ヴィジョン

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気をつけたいのが中段のツアー言語です。英・日とあります。が、これは日本語のガイドがつく、という意味ではありません。観光先の施設で日本語のオーディオ・ガイドの貸出が受けられます、という意味です。昔、パリ・シティ・ヴィジョンのツアーに参加しことのある人のの中には、「私のときはフランス人のガイドがバスに添乗して日本語で説明してくれたぞ!」、という経験をお持ちの方もいると思います。私もはじめてのモンサンミッシェルがそうでした。しかし、今は違います。

なので、フランス語はもちろんのこと、英語まで、まったくわからないという人は、バスの集合時間を聞くことすらできなくなります。フランス流グローバリゼーションは日本語ガイド付きのツアーに参加するには、最低限の英語力はあって当然ということなのです。

HISパリ支店

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HISのパリ支店です。サイトはちょっと重いし、本当にここでいいの?と思ってしまいます。ハッキリ言って、日本からアクセスると見づらいです。

こちらのリンクからアクセスしてもらえば、パリ・シティ・ヴィジョンと同じようなデザインのサイトへ飛びますので、むしろわかりやすいと思います。

https://www.his-tours.fr/tour-top/

下がスクリーンショットです。

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それぞれ、興味のあるところをクリックすると詳細な旅程や口コミなども見ることができます。空港への送迎もこちらから選べます。

こちらは日本語のガイドが付きます。非常に安心です。そして、最終的な目的地が、例えばモンサンミッシェルだとして、経由地がいろいろ工夫されておりツアー会社によって異なります。まったく同じものはまずないといっても良いと思います。なので、私のように何度も、パートナーや、家族だったりと一緒に行く相手が変わるたびにつきあうことになるモンサンミッシェルも、パリ・シティ・ヴィジョンのツアーだけでなくいろいろツアー会社をかえてみることでその体験も変わってきます。

ミキ・ツーリスト(ミュー「μ」)

https://www.myushop.net/options/index/FR/4166

こちらも有名ですね。

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こちらのサイトから空港への送迎を頼むこともできます。

パリ・ランデヴー

https://www.paris-minibus.com/

それから、私がノルマンディーを回る際に利用して、本当に気に入ったのが、リムジンをチャーターするパリランデブー社。人数があつまったらここ一択です。バックパッカー以外のすべての方におすすめです。

  1. 日本人のきめ細かいサービス
  2. 道をよく知っている。
  3. フランスの歴史から今まで道中飽きさせない

などです。

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選択肢で言えば、パリ・シティ・ヴィジョンの圧勝です。そこで、パリ・シティ・ヴィジョンのどこが問題か、ここを詳述することでこのページをつくった意図もわかってもらえると思います。

フランスには日本人が訪れるには要注意の場所もある

例えば、ノルマンディーの戦没者墓地です。米国の遺族関係者と思われる方の訪問が後を絶ちません。こういった場所にパリ・シティ・ヴィジョンのツアーで米国人の団体に日本人が紛れ込むのはかなり微妙ですよね。話しかけられても…こまってしまうし。(日系人はノルマンディー上陸作戦には参加しておらず。イタリア方面から上陸する際には大きな犠牲をだしながら活躍したそうです。)現地でもアメージング・グレイスの曲がかかってセレモニーみたいなのが始まるのをみていると、さっさと後にしたほうがいいかな?なんて思います。別になにかされるおそれなんてないですが。なんとなく、ね。

ノルマンディー、見どころはたくさんあるのですが、パリからのアクセスが悪く、他の会社ではツアーを見つけることができません。しかも、ノルマンディー上陸作戦関連であったり、ノルマン・コンクエスト関連であったり、オンフルールなど、印象派関連であったり、飛びます。こういうところはレンタカーでも、なれない道路事情を考えると難しいのです。

アヴィニョンのホテルで宿代を二重請求された件

今どき、アヴィニョンのホテルで宿代を二重請求!された件

ホテル代を安くあげようと思ったらどうしたってキャンセル不可で、その場での前払いを選びますよね。これは直営サイトでもブッキングドットコムや、ホテルズドットコムでも同様です。で、すでに払込が終わっていて、チェックインできちんと確認できているのに、チェックアウトの際にもう一度、払え、という事件がアヴィニョン滞在中にありました。

ホテルの名前はイビス・アヴィニョン・サントル・ガール。

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サントル・ガールというのは中央駅の意味です。

公式サイトの写真を上に貼りました。なんか、若者向けの安いホテルかな?とちょっと嫌な予感はしましたが、安ホテルだから宿泊費を二重請求されてよいということはありません。ちなみに、このイビスというのは日本でいうと、東横イン的な位置づけでしょうか?実際の客室は東横インよりは良いでのす。とくに食事は充実、というか、外食がバカバカしいときはホテルで簡単に朝も夜もとることができます。

ということで今回(2018年)の旅行でもパリとカルカッソンヌを覗いて大活躍してくれたホテルなのですが、アヴィニョンのイビス・ホテルでは、チェックアウトの際に、「もう一度、払え」と言われました。理由を聞いてもはっきりしないんですね。おそらく担当者が画面の見方がわからないんでしょう。そんなバカな!って思います?いえいえ、フランスを今回旅行して気づきました。若者の徹底したプロ意識の欠如です。何かきいても全部、その場でネットで検索。「馬鹿か!グーグルで検索してわかることならきかねええよ!」

フランスのホテル、従業員に若者が目立ちます。おそらく、殆どがパートタイムなのでしょう。予約システムが高度化しているため、だれでもできる仕事ですからね。フランスは若い人が多く、町はユーロ圏中からの観光客で賑わっていまが、フランス人の若者の実態は日本とかわりませんね。

話を戻します。「上司に替われ!」と文句を言っても「他にもだれもいない。払ってくれ!」の一点張り。非正規なのかな。そういう感じの人、そこらじゅうにいます。プロ意識がまったく感じられない人。客の方を見ていない人。

ホテルズドットコムは迅速に対応してくれました。じゃあ、ホテルズドットコムが最高かと言えば、全然そんなことはないです。パリのホテルではひどい目にあいました。ですが、アヴィニョンで宿泊費を騙し取られるようなことはありませんでした。まあ、ホテルズドットコムは、はっきりいって、そこらのホテルの公式サイトよりはるかに役に立ちます。イビスはアコーホテル系列ですが、もし、公式サイトで予約して同じ問題がおきても、せいぜいが、「直接問い合わせてくれ」、の責任逃れしかないでしょう。海外企業が日本で展開していても、日本は別のホテル会社と提携しているだけなんてケース、腐るほどあります。公式サイトは参照程度にとどめておいた方が無難です。少なくともホテルズドットコムはまともに対応してくれるということが確認できました。

くどいようですがフランスはグローバル化を急ぎすぎ、観光業も急速にグローバル化し、どこにいっても同じお土産。レストランのメニューもすっかり同じようなものが出されるようになりました。昔とはすっかり様変わりしました。だからといって、過去の歴史が書き換わるわけでもなく、素晴らしい場所もたくさん残っています。

行く前に自分で調べましょう。地球の歩き方を盲信するのはバカです。現地の人に期待するのも当たり外れが大きすぎます。いまは公式サイトやいろんな人のブログがあります。情報収集もまた楽しいものですよね。

ということでに予約サイトは便利です。